【戦国島津詣】いちき串木野市の島津豊久が生まれた串木野城を攻めて城郭符(御城印)を頂く。

戦国島津詣というツアーで、
鹿児島県いちき串木野市に来ています。

戦国島津詣で串木野城を攻めます。

戦国島津詣で串木野城を攻めます。

いちき串木野市にある、
島津家の居城であった串木野城の、
城攻めに参加しました。

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串木野城の場所

串木野城があるのは、
南九州自動車道の串木野ICと
JR串木野駅の間です。

串木野ICからすぐの、
標高30メートル程の、
丘陵地帯にある山城です。

串木野の麓地区にあり、
別名を亀ケ城と言います。

串木野城の回りは麓(ふもと)と言います。

串木野城の回りは麓(ふもと)と言います。

串木野城の歴史

築城されたのは鎌倉時代で、
串木野三郎忠道によるとされます。

以後、串木野氏の居城であったが、
南北朝時代に島津氏に攻められ、
敗走して串木野市は滅亡します。

ここが串木野城跡の入口です。

ここが串木野城跡の入口です。

串木野城の島津氏

元亀元年(1570)に島津家久が、
串木野の地頭になり入城します。

この年に家久の息子・島津豊久が、
この串木野城で生まれています。

家久は島津4兄弟の4男になります。
父の貴久を祀る大中公の廟が、
建立され残っています。

父・島津貴久を偲ぶ大中公の廟です。

串木野城麓の仮屋跡

串木野城址の石碑が入口です。
突きあたりは大きな壁です。
そこに解説板がありました。

仮屋跡の壁の向こうの山が串木野城。

仮屋跡の壁の向こうの山が串木野城。

串木野城の歴史と、
藩政時代の串木野麓地区の、
仮屋(役所)跡が解説されます。

地頭仮屋跡と串木野城の説明板です、

戦国時代から、
江戸時代までこの麓地区が、
政治の中心だったのですね。

旧入来邸武家屋敷

仮屋跡から進むと、
旧入来邸の武家屋敷に出ます。

ここは串木野麓の郷土年寄格の、
入来氏の邸宅です。1700年代には、
ここに邸宅を構えていたそうです。

旧入来家武家屋敷があります。

旧入来家武家屋敷がありました。

その後、明治時代には、
様々な事業に成功しています。
串木野城址の山も入来氏の所有です。

武家屋敷の前から城攻めです。

串木野城は天然の山を利用した山城で、
武家屋敷の前から山城に入れます。

普段は立入禁止のロープがありますが、
これは安全のために貼ってあるそうです。

串木野城にはロープが張られています。

串木野城にはロープが張られています。

自由に入れますが何かあっても、
自己責任でお願いしますとの事です。

武家屋敷にお住いの方に、
入山の事を言ってもらうと、
串木野城のお話が伺えるそうです。

武家屋敷にお住まいの方に一言伝えました。

武家屋敷にお住まいの方に一言伝えました。

いざ串木野城に城攻めです。

串木野城の山に入ります。
坂道はそれほど険しくないので、
楽に登れますよ。

山城の坂道はそれほどきつくありません。

山城の坂道はそれほどきつくありません。

ただ周りは竹やぶが多くて、
城址とはわかりにくいですね。

串木野城がある頃は、
この竹やぶも無かったでしょうね。
城の姿を想像しながら歩きました。

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開けた場所に出ました。

坂道を登りつめると、
開けた場所に出てきました。

ここからは空堀の跡が、
はっきりわかりました。

串木野城の広い空間は空堀の跡です。

串木野城の広い空間は空堀の跡です。

串木野城は深い空堀で区分された、
群郭式山城と言われるそうです。

曲輪群がありました。

城の屋敷があったと思われる、
平地になった曲輪(くるわ)へと、
続く道が左右に分かれています。

曲輪を目指してさらに昇ります。

曲輪を目指してさらに昇ります。

串木野城には大小合わせて、
六つの曲輪があるそうです。

それらの曲輪がから空堀で、
結ばれていました。

見張りを兼ねた曲輪です。

開けた場所から左側の、
坂道を登ると狭い尾根伝いの、
道になります。

人工的に切り立った道を進みます。

人工的に切り立った道を進みます。

道の左右は切り立っているようですが、
ここも竹やぶがあり、
はっきり分かりません。

そのまま進むと狭い曲輪に出ました。
曲輪の突端には木が生えています。
ここは見張りのための曲輪です。

狭いですが見張りのための曲輪です。

狭いですが見張りのための曲輪です。

島津豊久の誕生地です。

前にも触れましたが、
串木野城は島津豊久の誕生地です。

島津豊久は関ヶ原の戦いで、
島津義弘公が敵中突破をした時に、
義弘公の身代わりで戦死します。

島津豊久のエピソードを聞いています。

島津豊久のエピソードを聞いています。

その犠牲的なエピソードと、
島津家一の美男子だったことから、
コミックの主人公になり人気なのです。

戦国時代に思いをはせました。

串木野城の城主たちは、
戦国時代を生き抜いてきています。
島津家の人々も同様ですね。

島津豊久や島津家の城主が、
この場所にいたかと思うと、
感慨深いものがあります。

串木野城の城主たちに思いをはせます。

串木野城の城主たちに思いをはせます。

そんな当時に思いを馳せながら、
串木野城をおりていきました。
これで城攻めを終わりとします。

串木野城の城攻めを終わりとします。

串木野城の城攻めを終わりとします。

串木野城の城郭符を頂きました。

この戦国島津詣のツアーを企画した、
いちき串木野観光物産センターより、
すてきなお土産を頂きました。

それは串木野城の城郭符(御城印)です。
良く神社仏閣で御朱印を頂きますが、
御朱印のお城版ですね。

串木野城(亀ケ城)の城郭符(御城印)

串木野城(亀ケ城)の城郭符です。

この城郭符は1枚300円で、
いちき串木野市総合観光案内所で、
1人1枚、ご来場者に販売しています。

【戦国島津詣】の始まりに戻ります。
ツアーで行った全ての場所ヘは、
こちらから戻ってから進めますよ。

串木野城(亀ケ城)
鹿児島県いちき串木野市上名城之元
問合せ 0996-32-5256
(いちき串木野市総合観光案内所)
南九州自動車道・串木野ICから約3分
JR鹿児島本線・串木野駅から徒歩約20分

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