妙円寺ってあったんですね、御朱印もありましたよ。

鹿児島の歩き方です。

鹿児島の様々な情報をゆる~く、
時には詳しくお伝えしています。

今日は神社やお寺の話です。
鹿児島には妙円寺詣りと呼ばれる、 妙円寺詣り
薩摩藩の頃から続く行事があります。

その妙円寺詣りは、
鹿児島市の隣りの日置市にある、
徳重神社にお参りするのです。

妙円寺詣りでは徳重神社にお参りします。

その徳重神社で、
妙円寺詣りで参拝をして、
ついでに御朱印を頂いてきました。徳重神社の御朱印

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何と妙円寺の看板がありました。

その徳重神社の帰り道に、
看板を見つけて仰天しました。

その看板には、
妙円寺はすぐそばです。
お参りに立ち寄り下さい。」

ええ、妙円寺って、
明治の廃仏毀釈で廃寺になった、
とばかり思っていました。

妙円寺の看板を見つけました。

とりあえず行ってみました。

私は、無いと思っていた、
妙円寺があったことに驚き、
行ってみることにしました。

妙円寺への興味もありましたが、
ひょっとしたら、御朱印が、
あるのではと期待をしました。

ワクワクした気持ちで、
看板の指し示す方向に、
進んでいきました。

実際にありました。法智山 妙円寺です。

妙円寺がありました。

徳重神社からすぐの場所に、
法智山妙円寺がありました。
(ほうちざんみょうえんじ)

境内はさほど広くは無いですが、
仁王像の後ろには、
妙円寺の名前が書いてあります。

早速、妙円寺の、
由緒書きを読んでみました。

妙円寺の本堂です。

島津義弘公の菩提寺です。

妙円寺は、
興国6年(1345年)に、
石屋禅師によって創建されました。

その後に島津義弘公の、
菩提寺となったのです。

その後に義弘公が亡くなった後に、
薩摩藩では義弘公をしのぶために、
妙円寺詣りを始めたのです。

妙円寺の由来が書いてあります。

義弘公の位牌(いはい)がありました。

妙円寺は明治の廃仏毀釈で、
廃寺になりましたが、
その後、この地に再建されました。

廃仏毀釈で寺は焼かれましたが、
義弘公の位牌は、
からくも難を逃れたそうです。

妙円寺詣りの日には、
参拝に訪れた方々に、
義弘公の位牌を公開しています。

妙円寺には島津義弘公の位牌があります。

義弘公の位牌に手を合わせました。

早速、本堂に上がり、
義弘公の位牌に手を合わせました。

島津義弘公の位牌に手を合わせました。

あの義弘公の位牌の前では、
なぜか緊張をしましたよ。

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妙円寺は曹洞宗のお寺です。

妙円寺は曹洞宗のお寺になります。
仏前には装飾されて、
少し派手さを感じました。

本堂の天井にも天井画が、
描かれていました。
何だか現代アート風の絵です。

ご住職が参拝に来られた方に、
妙円寺の説明をされていました。

鮮やかな天井画の下でご住職のお話。

九州四十九院薬師霊場。

また妙円寺は、
九州四十九院薬師の、
霊場札所でもあるのです。

その26番の札所になります。
鹿児島には、妙円寺を含めて、
3か所の札所があります。

それは、いちき串木野市の冠岳にある、
27番札所の鎮国寺と。鎮国寺の御朱印

それに指宿市にある、
25番札所の光明禅寺です。光明禅寺の御朱印

札所という事は、
御朱印があるということです。
早速ご住職にお願いしました。

妙円寺は九州四十九院薬師の霊場。

妙円寺の御朱印です。

ご住職は快く、
御朱印を書いて頂きました。

妙円寺の御朱印には、
九州四十九院薬師の朱印が、
押されています。

妙円寺の朱印は丸い形です。
丸い御朱印はめずらしいので、
嬉しかったです。

妙円寺の御朱印は丸い形。

妙円寺にお参りしてみませんか。

私もそうでしたが、
妙円寺詣りは知っているのに、
妙円寺は知らない方もいると思います。

妙円寺詣りは、
今では徳重神社に参りますが、
本来はこの妙円寺に参っていたのです。

もし妙円寺詣りに来られたら、
島津義弘公の本来の菩提寺でもある、
妙円寺にも参ってみては、いかがでしょうか。

法智山 妙円寺
鹿児島県日置市伊集院町徳重522
電話  099-272-2441
駐車場 20台
JR鹿児島中央駅よりJR伊集院駅まで約20分
JR伊集院駅より徒歩10分
南九州道「伊集院」出口より約10分

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