薩摩国分寺は薩摩川内市にある歴史ロマンの史跡です。

鹿児島の歩き方です。

今日は、
薩摩川内市に行って、
歴史のロマンを感じてきました。

そのロマンを感じたのは、
薩摩国分寺跡史跡公園です。

川内歴史資料館の隣りに、
ひろがる公園の敷地には、
はるか古代の足跡があります。

薩摩国分寺史跡公園は国の指定文化財です。

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基礎石の場所が再現されました。

公園の周りは、
畑と家があるのどかな場所です。
その一角にぽっかりと公園があります。

国分寺跡と言っても、
あるのは基礎石の場所がある、
ただの広場です。

正直、最初の印象は、
なんだ広場があるだけでした。
建物はなにも残っていないのです。

国分寺跡史跡公園には建物はありません。

歴史ロマンには想像力が必要。

でも公園の解説文を詠むと、
はるか昔に壮大な寺が、
あったことを伝えてくれます。

当時の行政を司る役目を、
持った国分寺であったこと。

またこの地が、
地方の中心地であったこと。

そんなことを、
想像している内に、
歴史のロマンが湧いてきました。

建物のあった場所には解説文があります。

飛鳥時代の事です。

薩摩国府が置かれたのは、
8世紀の飛鳥時代のことです。
大和朝廷が統治する時代です。

大和朝廷と聞いただけでも、
はるか古代の話なんだなと、
思ってしまいますよね。

そんな昔に、
この薩摩川内の地に、
南九州の政治の拠点があったのです。

薩摩川内市の指定文化財の層塔(そうとう)です。

国分寺は役所であった。

8世紀後半に、時の聖武天皇は、
政治の拠点として、
全国に国分寺を置かせます。

ここの薩摩国府にも、
政治や祭祀を行うために、
国分寺が建立されました。

同じころに、
ここ川内には「新田神社」や、
泰平寺」も建てられたといわれます。

全国につくられた国分寺の一つです。

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発掘調査で分かりました。

戦後に発掘が始められて、
当時の様子が分かってきました。

現在は、
薩摩国分寺跡史跡公園として、
整備されています。

公園内には、
14個の礎石などを復元して、
当時の建物の様子を伝えています。

戦後に発掘が進み、公園として整備されました。

案内板を見て想像力を働かせました。

公園内の案内には、
国分寺の解説や、
建物の外観が紹介されています。

薩摩国分寺跡の案内板です。

解説を読みながら、
またまた想像力を働かせました。

再現された礎石の上に、
国分寺の建物を想像で、
再現してみました。

当時は、こんなに大きな建物だったのですね。

昔に思いを馳せました。

再現してみると、
この一帯を支配していた、
時の権力者を感じました。

その後に、
日本の各時代には、
様々な権力者が現れました。

礎石の跡が歴史のロマンを語ります。

今は公園にあるのは、
礎石の跡だけです。

それらの跡をみると、
当時に強大な権力者がいたことを、
静かに語ってくれるのです。

今日は、
薩摩国分寺跡歴史跡公園で、
歴史のロマンを感じてきました。

薩摩国分寺跡史跡公園
鹿児島県薩摩川内市国分寺町
(川内歴史資料館となり)
電話 0996-20-2344
(川内歴史資料館)
駐車場 普通車50台・バス15台
JR川内駅からくるくるバスで
歴史資料館下車、西回り19分

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