いちき串木野市の冠岳には、冠獄神社と修験者の足跡がありました。

鹿児島の歩き方です。

今日は、いちき串木野市から、
北西に広がる山沿いにある、
冠岳(かんむりだけ)に行ってきました。

冠岳は東岳、中岳、西岳の、
三つの峰からなり、
全てが冠岳自然公園になっています。

冠岳自然公園の入口には、
冠獄(かんむりだけ)神社や、
冠岳花川砂防公園があります。

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冠岳は信仰の山。

冠岳は古くから霊山として知られ、
今でも信仰の山として、
畏敬の念を持たれています。

また山岳仏教の発祥の地とも云われ、
修験者が修行した場所が、
残っています。

それらが残る場所に、
冠獄神社が建立されています。
そのためにパワースポットとして、
参拝する方もおおいのですよ。

冠獄神社がひっそりと鎮座します。

山あいにひっそりとたたずむ。

冠獄神社は冠岳の入口に、
ひっそりと鎮座しています。

鳥居ごしに見える社殿は、
霊山にある神社なのか、
何となく霊気が感じられます。

冠獄神社の横には、
山からの川が流れます。
緑に囲まれた静かな場所です。

まさに霊気あふれる冠岳に、
鎮座する冠獄神社は、
パワースポットの神社なのです。

鳥居の先はパワースポットです。

狛犬にビックリ。

神社の入口には、
両側に魔除けの狛犬が、
にらみをきかしているのですが。

冠獄神社の狛犬は、
にらみをきかせ過ぎです。
これは中国で作られたそうです。

これは冠岳に伝わる、
中国の徐福伝説による縁から、
友好の印として贈られたものです。

中国で作られた狛犬がいました。

徐福伝説とは。

冠岳には、その昔、
秦の始皇帝の命を受けた、
徐福が訪れたとい伝説があります。

徐福は不老不死の薬を求めて、
はるばる秦の国からやってきました。

徐福は中国に戻ることは、
なかったそうですが、
こんな伝説があったのですね。

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冠岳の名前の由来。

徐福が冠岳にたどり着き、
自らの冠をとって、
儀式を行ったそうです。

そのことから、
冠岳の名前が付いたと、
云われています。

また、冠岳展望公園には、
その徐福の大きな像があります。

冠獄神社のそばには、
中国式庭園の、
冠獄園(かんがくえん)があり、

徐福伝説に基づいて、
中国との友好の場所が作られました。

徐福の大きな像も作られました。

冠獄神社の由来

冠獄神社の創建は、
第31代天皇・用明天皇の頃に、
曽我馬子が創建されたと云われます。

熊野三社権現の一つで、
ご祭神は櫛御毛野命、
くしみけぬのみこと)です。

このご祭神の名前が、
串木野(くしきの)の地名に、
なったと云われています。

ご祭神の名前が串木野の由来です。

神社の周りには修験の跡が残っています。

冠岳は修験者の山ですので、
冠獄神社の周りにも、
それらの修験の場所が点在します。

不動明王像が安置された、
不動尊洞(ふどうそんどう)や、
虚空蔵洞(こくうぞうどう)があります。

冠獄神社の周りには修験の跡があります。

真言宗の鎮国寺も、
西岳(冠岳)の下にあります。
こちらでは御朱印を頂いてきました。

冠獄神社で残念なこと。

私は、神社に参拝した時は、
いつも御朱印をいただくのです。

でも冠獄神社では宮司さんが、
常駐していませんので、
御朱印が頂けないのです。

冠獄神社にも、
「御朱印の記帳はしていません」
との案内がありました。

残念ですが、しかたありません。
御朱印希望の方は、
このことを事前にご了承下さいね。

冠獄神社
鹿児島県いちき串木野市冠獄13511
電話 080-9689-3160(0996-32-7558)
南九州西回り自動車道の串木野ICから、
県道39号線を市比野方面へ車で10分

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