藩政時代の指宿には浜崎太平次という日本有数の大商人がいました。

今日は、
指宿市にきています。
実は温泉に入りにきたのではありません。

藩政時代の指宿に、
いた日本有数の大商人の、
足跡を探しにきたのです。

その大商人とは、
浜崎太平次です。

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第8代浜崎太平次。

浜崎太平次は、、
指宿村の湊にあるヤマキという、
商家に生まれました。

特に、
第8代浜崎太平次は、
稼業の海運業を大いに発展させました。

同時代の幕末期の、
薩摩藩の財政の立て直しに、
大いに貢献しました。

JR指宿駅前には足湯があります。

指宿が誇る人物です。

第8代浜崎太平次は、
指宿市の方々が誇る、
郷里の大豪商なのです。

そのために、
第8代浜崎太平次の跡地を、
案内したマップが用意されています。

指宿市の観光協会では、
これらのゆかりの地を、
巡るツアーもあるのですよ。

第8代浜崎太平次のゆかり散策マップ。

まずは太平次公園に行ってみました。

第8代浜崎太平次を、
知りたくて、まずは、
太平次公園に行ってみました。

指宿の海に突き出た、
太平次公園には、
第8代浜崎太平次の像があります。

第8代浜崎太平次の像です。

帆船に乗って、
未来を見つめる、
第8代浜崎太平次です。

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稲荷神社

次に稲荷神社に行きました。
ここは、第5代の浜崎太左衛門が、
建立されたといわれます。

境内には、
第8代浜崎太平次を称える、
頌徳の碑があります。

また神社の前にある、
アコウの木などは、
船を繋いでいたといわれます。

浜崎家の繁栄を見守ってきました。

水路跡が残っています。

稲荷神社から、
ほど近い場所に、
水路跡が残っています。

二反田川河口から、
浜崎家の屋敷まで運河が、
引かれていたそうです。

今は、
細い水路となって、
当時をしのばせています。

運河の跡が水路となって残っています。

浜崎家由来の鬼瓦。

第8代浜崎太平次の弟の、
屋敷跡に残されていた、
鬼瓦がありました。

これは、太平次が、
肥前(長崎)から、
運んだといわれます。

屋敷は、
老朽化で解体されましたが、
この鬼瓦が残されています。

こんな鬼瓦が残っていました。

ヤマキの蔵がありました。

まち歩きしていると、
蔵を見つけました。
蔵には屋号のヤマキのマーク。

ヤマキのマークが入った蔵がありました。

幕末時には、
このヤマキの倉庫群が、
広がっていたといわれます。

現在は、
この蔵が残っているのは、
ここだけでした。

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浜崎太平次のお墓。

第8代浜崎太平次のお墓が、
湊の児童公園に、
ありました。

その生涯を、
海運業の発展に尽くし、
時には、密貿易なども行い、
莫大な財を残した一生でした。

第8代浜崎太平次の墓がありました。

薩摩藩の家老・調所広郷の、
後援を得て、薩摩藩の財政を、
立て直します。

これが、薩摩藩が、
明治維新を成し遂げた、
原動力になったといわれます。

今日は、
指宿が誇る、日本有数の、
豪商の浜崎太平次の跡を、
訪ねてまち歩きしてきました。

浜崎太平次が活躍した時代より、
さらにさかのぼり、
指宿の古代の様子を知りたかったら、
時遊館COCOOはしむれがお勧めですよ。

指宿ビジターセンター
鹿児島県指宿市湊2‐5‐33
電話  0993-22-3252
営業  9:00~18:00(閉館)
駐車場 有り(無料)
JR指宿枕崎線指宿駅から徒歩5分
セントラルパーク指宿の一角にあり、
ここで浜崎太平次の情報がもらえます。

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