鹿児島県霧島市の伊勢神社は舞鶴城の鬼門に鎮座します。

鹿児島の歩き方です。

今日は鹿児島県の霧島市に来ています。
先ほどまで舞鶴城跡に、
行ってました。

舞鶴城(まいづるじょう)とは、
島津義久公が、
隠居住まいをしたお城です。

舞鶴城跡には建物は無く、
石垣と堀と石橋、それと朱門が、
残っています。

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舞鶴城跡に参道がありました。

舞鶴城跡は、
現在は国分小学校と、
国分高校の敷地になっています。

その中に「伊勢神社」の碑があります。
小学校と高校の間に、
伊勢神社の参道がありました。

せっかくなので、
舞鶴城跡を見た足で、
伊勢神社に参拝しました。

舞鶴城跡に伊勢神社の参道があります。

御朱印巡りが趣味です。

でも本当は、
ある期待が持っています。
それは御朱印です。

御朱印巡りが趣味の私は、
伊勢神社の御朱印を頂けることを、
期待して参道に向かいました。

因みに鹿児島県の、
出水市は神社やお寺が多く、
御朱印巡りに良い場所ですよ。

グランドの横に参道。

伊勢神社の参道は、
国分高校のグランドの横にあります。

生徒達の練習の、
掛け声を聞きながら、
国分高校の裏山に向かいます。

伊勢神社は、
この裏山の麓に鎮座します。
伊勢神社からグランドが見渡せます。

グランド横に伊勢神社の参道があります。

鳥居の先に拝殿が見えます。

伊勢神社の鳥居から、
参道の坂道の先に拝殿が見えます。

鳥居の先に参道の石段があります。

鳥居は新しく作られた感じですが、
参道の石段は苔もあり、
歴史を感じさせます。

伊勢神社の境内に着きました。

石段を登ると、
林で囲まれた境内に出ます。
ここから学校や街並みが見渡せます。

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創建は聖武天皇の時代です。

由緒書きによると、
伊勢神社が創建されたのは、
聖武天皇の時代といわれます。

天平九年の、
大隅国の国分寺設置の祭に、
国の鎮守のために創建されました。

大隅国の国分寺とは別に、
薩摩国の国分寺も建てられました。
薩摩川内市に国分寺跡があります。

島津義久公が遷座しました。

伊勢神社は、創建当初は、
ここと別な場所にありました。

その後、島津義久公が、
舞鶴城に入城した際に、
現在の地に遷座しました。

国分を守る総社として、
舞鶴城の鬼門にあたる、
この場所に移したそうです。

伊勢神社は舞鶴城の鬼門に鎮座します。

地域の方に信仰されました。

その後、伊勢神社は、
国分の周辺の方から、
厚い信仰を集めました。

明治になって、
周辺の神社を集めて、
伊勢神社に合祀しました。

戦後になって、
産土神(うぶすなかみ)
(土地の守り神)として、
信仰されています。

土地を守る産土(うぶすな)神でした。

社殿にて参拝しました。

社殿は新しさを感じます。
この社殿は昭和50年に、
建て替えられました。

伊勢神社の新しい社殿にて、
二礼二拍手にて参拝しました。

小さい社殿ではありますが、
やはり伊勢神社です。
なんだか神様の威厳を感じました。

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伊勢神社の御朱印を頂く。

参拝を済ませて、
参道の下にある宮司さん宅を、
訪ねました。

社務所に居ないときは、
自宅への連絡先が書いてありました。

自宅にて、
伊勢神社の宮司さんに、
御朱印を頂きました。

鳥居の前の宮司さん宅にて御朱印を頂きました。

伊勢神社の御朱印です。

伊勢神社の御朱印です。
シンプルながらも、
威厳を感じる御朱印です。

こころのふるさと書いてあります。
伊勢神社は、
心のふるさとなのですね。

地域の人々の、
心の拠り所として、
長い事愛されてきたのでしょうね。

心のふるさと伊勢神社の御朱印です。

伊勢神社に行ってきました。

舞鶴城跡を見た後に、
裏山にある伊勢神社に参拝してきました。

素敵な御朱印を頂いて、
伊勢神社を後にしました。

伊勢神社が鎮座する国分の近くには、
隼人町があり、薩摩一之宮の、
鹿児島神宮もあります。

伊勢神社(いせじんじゃ)
鹿児島県霧島市国分中央2‐6‐17
JR国分駅より徒歩約20分
駐車場 舞鶴城跡の駐車所利用

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