鹿児島県出水市に鎮座する米ノ津天満宮で御朱印を頂いた。

鹿児島の歩き方です。

鹿児島県にある様々な情報を、
ゆるーい感じで紹介しています。

鹿児島県の北部にある出水市。
さらに熊本県との県境に、
米ノ津という町があります。

そこにある米ノ津天満宮に行ってきました。
正式名は菅原神社になります。
ご存知、菅原道真(すがはらみちざね)公の
ゆかりの神社です。

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とても立派な社殿です。

米ノ津天満宮は、
米ノ津という鹿児島の、
北のはずれに鎮座します。

そんな場所にあるには、
その社殿の素晴らしさは驚きです。

まさにこんな所に、
こんな神社があるなんて、
というのが私の第一印象でした。

菅原神社、通称米ノ津天満宮の社殿。

島津家の崇敬を受けました。

米ノ津天満宮は、
島津藩主、島津重豪(しげひで)公が、
建立に関わっています。

島津重豪公が参勤交代で、
米ノ津に立ち寄った際に、
天満天神の霊験を受けたそうです。

そして菅原道真公の神像を、
大宰府の別当延寿院に作ってもらい、
新宮を建てて御神体としたのが、
米ノ津天満宮の始まりになります。

島津家の崇敬を受けました。

米ノ津港がありました。

米ノ津は目の前には、
不知火(いらぬい)海が広がっています。
不知火海は海産物が豊な漁場です。

米ノ津天満宮の裏には不知火海。

また陸においては、
出水平野ではお米、
山では木材、薪や炭が取れました。

それらの積出港として、
当時の米ノ津港は賑わっていたのです。
その隣に米ノ津天満宮が建立されました。

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あの篤姫も参拝しました。

将軍家の御台所(みだいどころ)に嫁がれた、
島津家のお姫様、篤姫(あつひめ)も、
この米ノ津天満宮に参拝しました。

篤姫がお輿入れのために、
江戸に向かう途中で、
米ノ津天満宮に立ち寄られたのです。

藩主のお姫様が、
参拝するぐらいですので、
当時から立派な神社だったのでしょうね。

篤姫の頃の牛の像や石碑がありました。

道真公ゆかりの牛がいました。

菅原道真公には牛がつきものですよね。
ここ米ノ津天満宮にも、
やはり牛がいましたよ。

多くの神社では狛犬がいるものですが、
米ノ津天満宮では狛犬の代わりに、
牛さんがいました。

左右に二頭の阿吽(あうん)の牛
しかも赤い色と黒い色の牛です。
何だか心が和んでしまいました。

米ノ津天満宮の赤と黒の牛。

さらになで牛までいました。

二頭の牛だけかと思いきや、
さらにもう一頭の牛さんがいました。
こちらは何とゴールドですよ。

良く見ると、「なで牛」でした。
牛さんをなでると、
願いごとが叶うと云われます。

牛をなでると運が開けます。

そういえば、大宰府天満宮の、
「なで牛」も有名ですよね。

私も早速、米ノ津天満宮のなで牛を、
よくなでて、願い事をしました。
皆さんが撫でるのでピカピカでした。

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立派な社殿に参拝しました。

米ノ津天満宮の社殿に進み、
二礼二拍手一礼で参拝しました。
この社殿は近くで見ても立派です。

社殿の柱には、
立派な彫刻が施されています。
なかなか凝っていますね。

柱にも彫刻が施されてます。

社殿の中からでも、
参拝できるようになっています。
社殿からさらに奥の宮に参拝します。

拝殿からも奥の宮にお参りできます。

加紫久利神社と宮司さんが兼任。

さて参拝も済んだことだし、
米ノ津天満宮の御朱印を、
頂くことにしたいと思います。

神社の御朱印は、
そこの宮司さんに書いていただきます。
ただ、ここには宮司さんがいないのです。

実は、米ノ津天満宮の宮司さんは、
近くにある加紫久利(かしくり)神社の、
宮司さんが兼任しているのです。

加紫久利神社の宮司さんが兼任。

米ノ津天満宮の御朱印を頂きました。

そのために加紫久利神社にいって、
米ノ津天満宮の御朱印を、
頂いてきました。

米ノ津天満宮の御朱印を頂きました。

篤姫が参拝した、
米ノ津天満宮の御朱印を頂きました。
二社を参拝して二つの御朱印が頂けますよ。

今日は、出水市にある、
米ノ津天満宮に参拝して、
御朱印までも紹介しました。

米ノ津天満宮(菅原神社)
鹿児島県出水市米ノ津町1900
駐車場 有ります。
JR出水駅より車で5分


加紫久利神社
鹿児島県出水市下鯖町1272
電話 0996-67-2800

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