西郷隆盛が若いころに、たずさわった防波堤が羽島にあります。

鹿児島の歩き方です。

鹿児島県にある様々な情報を、
ゆるーい感じで紹介しています。

今日はいちき串木野市の紹介。
市街地から車で15分程、走ると、
羽島(はじま)という港町に着きます。

羽島港は、
鹿児島や日本にとって、
重要な事がなされた場所なのです。

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薩摩藩英国留学生記念館

それは、薩摩藩が、
海外への渡航禁止令を破って、
薩摩藩士達を英国に派遣したことです。

人目につかない場所として、
この羽島浦が選ばれたのでしょう。
羽島の海岸から秘密裏に出国しました。

薩摩スチューデントと呼ばれた、
若き薩摩藩士達の記録を今に伝える、
薩摩藩英国留学生記念館が、
平成27年に羽島の港に建てられました。

薩摩藩英国留学生記念館の前にある防波堤。

記念館の前にある古い防波堤。

薩摩藩英国留学生記念館の、
前には、羽島漁港があります。

羽島漁港の外側には、
海に突き出した防波堤があります。
この防波堤の造りには歴史を感じます。

現代のコンクリート造りと違い、
玉石(たまいし)を積んで造ってあります。
実は、これは薩摩藩が築いたものです。

コンクリートの防波堤と違って味があります。

あの西郷隆盛が手がけた防波堤。

この防波堤を手がけたのが、
なんと、若き日の西郷隆盛だったのです。

当時20歳の西郷隆盛は、
薩摩藩の郡書役助
(こおりかきやくたすけ)を務めていました。

これは農政をつかさどる役所の、
事務補佐のような役職でした。
藩内の各地を回ることも多かったそうです。

羽島の萬福池の工事に来ていました。

郡書役助であった西郷隆盛は、
羽島浦の近くにある萬福池の、
築造工事に来ていたのです。

その工事の余剰金を使って、
羽島漁港の防波堤を改修しました。

防波堤の玉石積みは、
萬福池でも使われた土木技術です。
その玉石積みが生かされています。

萬福池の玉石積みの技術が使われています。

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羽島港は薩摩藩にとって重要な場所。

羽島漁港は、
人里より離れた港であったために、
古くから密貿易の基地であったようです。

薩摩藩は、
密貿易の監視のために番所を、
羽島に設けていたようです。

薩摩藩にとっては、
需要な場所だったために、
萬福池や防波堤の改修を行ったのでしょうかね。

羽島は古くから密貿易の基地がありました。

西郷さんの人柄が現れています。

西郷さんは、藩内を仕事で回る中で、
農民や漁民の苦しみを見ていました。
その窮状を何とかしたいと思っていたそうです。

一説によると、
羽島の漁民が、防波堤の改修工事を、
何度も藩に陳情していたそうです。

そこに、萬福池の工事に来ていた、
西郷隆盛にお願いしたところ、
池の工事費から捻出してくれたそうです。

さすがに西郷どんは、
若いころから人の難儀を、
そのままに出来ない人柄だったのですね。

西郷どんの堤防は今でも使われます。

薩摩を変えた防波堤に「縁」を感じました。

若い西郷隆盛が造った防波堤から、
その後に、同じく若い薩摩藩士達が、
英国に向けて旅立っていきます。

いずれも若者達も、
薩摩藩のみならず、新しい日本造りに、
大いに貢献しました。

この羽島の防波堤に、
明治維新の立役者と、日本のリーダーを、
取り持つ不思議な「縁」を感じてしまいました。

薩摩藩英国留学生記念館に、
来館する機会があったら、
西郷どんの防波堤も見て下さいね。

西郷どんの防波堤
薩摩藩英国留学生記念館の前です。
鹿児島県いちき串木野市羽島4930
電話   0996-35-1865
開館時間 10:00~17:00
休館日  火曜日
拝観料  大人300円 小人200円
駐車場  あり(館まで無料シャトルバス有)
アクセス JR串木野駅から車で15分

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