西郷隆盛が若いころに、いちき串木野市の羽島にある萬福池の工事を行った。

鹿児島の歩き方です。

鹿児島県にある様々な情報を、
ゆるーい感じで紹介しています。

来年の鹿児島は、
明治維新150周年にあたります。
また大河ドラマも「西郷(せご)どん」に、
決定しました。

西郷どんのゆかりの地は、
鹿児島市内だけでなく、
鹿児島県内各地にあります。

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いちき串木野市の西郷隆盛ゆかりの地。

今日、訪れている、
いちき串木野市の羽島漁港にも、
西郷どんのゆかりの地があります。

すでに紹介した、
羽島漁港の玉石を積んだ防波堤
これも西郷どんが手掛けたものです。

今から紹介するのは、
若き日の西郷どんがかかわった、
萬福(まんぷく)池の治水工事です。

萬福池は山の中にあります。

羽島漁港から、
山に向かっていくと、
突然に出現するのが萬福池です。

周囲を木々に囲まれた、
あたりは静かな場所にあります。

実は、この萬福池が、
西郷どんにゆかりの池なのです。

西郷どんが工事を手がけた萬福池。

若き日の西郷隆盛がてがけました。

西郷どんは当時20歳で、
薩摩藩の郡書役助という役職で、
萬福池の治水工事に加わっています。

郡書役助(こおりかきやくたすけ)とは、
農政の役所で、事務補佐の仕事です。

農地の様子を見ることもあり、
藩内の各農地を視察することも、
多かったそうです。

案内板には西郷どんの仕事を紹介。

農政に対する西郷どんの思い入れ。

萬福池の工事は順調に進み、
翌年の弘化5年(1848)には終わりました。

その後から現在まで、
萬福池は地域の農業発展に、
大きな貢献をしています。

当時の西郷どんは、
農業の発展が国を富ませると確信し、
農政の改善策を何度と上申しています。

萬福池の工事完了は、
西郷どんの農業への熱い情熱が、
成し得たのではないでしょうか。

萬福池の工事完了の碑です。

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農業だけではなかった。

西郷どんの情熱は、
農業だけではなかったのです。

萬福池の工事で余った、
お金や資材を羽島浦の防波堤を、
改修するために使いました。

これは長年、羽島浦の漁民の願いでした。
西郷どんはこの願いを聞き入れ、
防波堤の改修工事を行いました。

西郷どんは、いつでも、
農民や漁民に寄り添い、
人の難儀を見過ごせなかったのです。

羽島浦の玉石堤防も西郷どんが。

西郷どんのデカイ過ぎる足跡。

萬福池の畔には、
西郷どんが付けたと云われる、
大きな足跡が残っています。

大きな石の中程に、
くぼみがあるのが足跡らしい。
それにしても西郷どんの足は大き過ぎ

しかも石に残るほど、
大きな力で踏んづけたのでしょうかね。

中央のくぼみが西郷どんの足跡。

人々に慕われていた結果でしょう。

これからの話は、
私が勝手に想像しているのですが。

この石に刻まれた足跡は、
西郷どんが多くの人々に、
慕われていたからではないかと思うのです。

萬福池の工事で、農民を助け、
防波堤を改修して、漁民を助けました。
西郷どんには礼を感じていたのでしょう。

人々は大きな石のくぼみを、
西郷どんの足跡ということにしました。

西郷どんはこんな大きな足跡だったけど、
心も大きな人だったと、後世の人に、
語り伝えたかったのではないでしょうか。

西郷どんのことを伝えたかったのかも。

萬福池は静かに水をたたえます。

現在の萬福池のそばには、
風力発電の風車が見えます。

来年で明治維新150周年を迎えますが、
今の萬福池の周りは風車を見ると、
150年の流れを感じてしまいます。

150年経った萬福池には風力発電が。

しかし、今でも萬福池は、
西郷どんが手掛けた頃と変わらない姿で、
地域の農業に役立ち、
人々を助けているのです。

萬福池(西郷のあしあと)
鹿児島県いちき串木野市万福
問合せ(いちき串木野総合観光案内所)
0996-32-5256
JR串木野駅から県道43号線を、
羽島漁港を経由して、車で23分

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