鹿児島県吹上町にある戦国島津氏の居城であり、島津四兄弟が生まれた山城の亀丸城跡(伊作城)を訪ねる。

鹿児島県日置市吹上町にある、
戦国島津氏の居城であった、
亀丸城(別名伊作城)を訪ねてきました。

鹿児島県内でも、
屈指の巨大な山城ですが、
島津4兄弟が生まれた城でもあります。

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亀丸城の場所。

亀丸城の場所は、
日置市吹上町にありますが、
鹿児島市からは伊作峠を越していきます。

県道22号線の伊作峠を過ぎて、
吹上伊作方面に進みますと、
やがて右側に看板が出てきます。

伊作峠を越して進むと案内が見えてきます。



大きな看板なので目につきますよ。
亀丸城跡(伊作城)の入口と、
デカデカとありますのでここを右折します。

このデカイ看板があるのですぐわかります。


坂道を進むと駐車場にでます。

亀丸城は山城なので、
山道の坂を登っていきます。

坂道といっても、
舗装された道ですので、
すぐに大きな駐車場に到着します。

山城の跡は現在は、
憩いの森という名前の公園として、
整備されてトイレや案内板があります。

憩いの森には駐車場もトイレも完備。


案内地図で確認をしましょう。

伊作城は広大な山城で、
人の力で平坦な場所に造成した、
幾つかの曲輪(くるわ)で構成されます。

それぞれに城の名前があります。
亀丸城、山ノ城、東の城、蔵の城、西の城と
呼ばれた曲輪が点在します。

その中で本丸にあたるのが、
亀丸城と呼ばれる曲輪です。
これらは案内地図で確認しましょうね。

散策マップで場所を確認しましょうね。


亀丸城の城攻めを始めます。

それでは亀丸城の城攻めを始めます。
亀丸城跡は駐車場から、
歩いてすぐの場所にあります。

案内に沿って進むとワクワクしてきましたよ。



道の途中に土手の土が、
盛り上がって入る場所があります。
ここは土居(どい)と呼ばれるもの。

人工的に土を持って、
敵の侵入に備えた場所なのです。
その土居がそのまま残っています。

敵の侵入を防ぐために土居を作りました。


空堀の跡をのぼります。

亀丸城に行くには、
空堀(からぼり)の跡を登ります。

空堀とは山城の中に、
人工的に掘られた大きな溝です。
溝の左右は崖になっています。

左右が崖になった空堀を登ります。



これも城を守るためのもので、
侵入した敵の行く手を阻み、
崖上から攻撃するものです。

空堀も山城を守る大事な仕掛けでした。



空堀の道は、
木の柵が作られ亀山城まで続いています。

空堀に出来た山道が亀丸城まで続きます。


亀丸城に着きました。

空堀の道を登りつめると、
あたりは平たんな広場に出ます。
ここが本丸の亀丸城です。

亀丸城の平坦地(曲輪)に到着しました。



広場の中央には、
大きな木が茂っていますが、
奥に石碑がいくつか見えます。

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伊作城の案内板がありました。

伊作城は島津家の分家である、
伊作島津氏が本拠地とした山城です。

伊作島津氏の居城・伊作城は広大な山城。



伊作島津家の島津忠良(ただよし)は、
後に島津家の中興の祖と言われ、
薩摩の三州を統一します。


島津忠良(日新公)の誕生地の碑もあります。



島津忠良は日新公(じっしんこう)と呼ばれて
島津いろは歌をつくりました。

加世田の竹田神社には、
島津忠良のお墓があります。

竹田神社の御朱印とご祭神の日新公が残したいろは歌。

その息子の島津貴久(たかひさ)が、
宗家を継いで、
戦国島津家の基盤を作ります。

宗家を継いだ島津貴久は、
亀山城を出て、新しく、
日置市伊集院の一宇治城に居を構え、
ここでフランシスコザビエルの謁見を受けます。

一宇治城でフランシスコ・ザビエルはキリスト教の布教を許された。

4兄弟の誕生石が残っています。

島津貴久の息子たち、
島津義弘を含む島津4兄弟も、
この亀丸城で生まれています。

当時は、子供が生まれると、
誕生を記念して石を置くという、
習慣があったようですね。

亀丸城には、4兄弟の、
義久・義弘・歳久・家久の、
誕生石も残っているのですよ。

島津4兄弟の誕生石に歴史ロマンを感じます。



誕生石は、男の子だけでなく、
女の子の誕生でも置いたようです。
島津忠良の4人の娘の誕生石もありました。

島津忠良の4人の娘の誕生石もありました。



石を置くとはいかにも、
無骨な戦国武将達のやり方のようですが、
子供を思う親の家族愛が、
感じられて意外に思いましたよ。

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石碑に思いをはせます。

伊作城の案内板もありますので、
戦国島津家の流れを知ると、
島津家の武将たちに思いをはせました。

精しい解説があるので歴史の勉強になります。



島津忠良の誕生石碑や、
4兄弟の誕生石に触れると、
不思議な気持ちになります。

伊作城(亀丸城)跡の碑も建っています。



4兄弟の中には、
関ヶ原の戦いの敵中突破で、
島津の退き口で知られる、
最強の戦国武将の島津義弘がいます。

鹿児島では、島津義弘を偲ぶ、
妙円寺詣りが毎年行われます。
妙円寺詣りは島津義弘公を偲ぶ鹿児島三大祭りの一つです。


その島津義弘も、
この場所で生まれたかと思うと、
歴史のロマンをかきたてられます。

島津家の聖地でした。

島津氏はやがて、
鹿児島市内の鶴丸城に、
本拠地を移していきます。

鹿児島市内にある鶴丸城跡です。

鶴丸城は藩政時代の島津氏の居城。


藩政時代の島津氏は、
島津氏のツールである亀丸城を、
聖地としていたようです。

島津氏の聖地にも生活の跡があります。



藩政時代の居城が鶴丸城で、
戦国時代の山城が亀丸城とは、
先祖を大事にするからなのかな、
と思いつつ帰路につきました。

なお亀丸城の近くには、
大汝牟遅(おおなむち)神社があります。

毎年、大汝牟遅神社では、
島津忠良が始めたと言われる、
流鏑馬(やぶさめ)が行われます。

大汝牟遅神社の流鏑馬を紹介します。

また中世の山城として、
入来麓の清色城も有名ですよ。

鹿児島県薩摩川内市の入来麓の山城・清色城に城攻めをして城郭符を頂いた。


亀丸城跡(伊作城跡)
鹿児島県日置市吹上町中原3507-1
鹿児島市より県道22号線で車で約50分
国道270号・県道22号「中原」交差点より車で8分
駐車場 有り


鹿児島市内の観光情報を知りたい方はこちらから。

鹿児島の御朱印と歴史の歩き方 観光情報は、
主に鹿児島県の地方情報に限って書いてます。
鹿児島市内の情報については、
鹿児島まち歩き 街案内」のサイトを、
ご覧くださいね。
西郷どん(西郷隆盛)のゆかりの地や、
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様々な鹿児島市内の情報が満載ですよ。

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