鹿児島県薩摩川内市にある藩政時代に平佐地区を治めた北郷家の墓地は市の指定文化財。

薩摩川内市にある、
北郷(ほんごう)家の墓地がある、
公園に行ってきました。

北郷家墓地は薩摩川内市の平佐町にあります。

薩摩川内市の、
JR薩摩川内駅の東口方面は、
平佐(ひらさ)町という地区になります。

江戸時代は、
平佐地区が中心地でした。
川内平佐を統治したのが北郷家です。

 

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平佐地区を治めた北郷家の墓地は市の指定文化財

北郷家の墓地は、
薩摩川内市の指定文化財になっています。
川内の歴史を物語っています。

墓地の前の広場は、
もとは北郷家の菩提寺、
梁月寺(りょうげつじ)がありました。

明治の廃仏稀釈(はいぶつきしゃく)で、
廃寺になりました。

現在は、広場には桜が植えられ、
春には桜まつりで賑わう場所です。

墓地前の広場では桜祭りが開かれます。

北郷(ほんごう)家とは

北郷家はもともと、
薩摩の島津氏の分家のひとつで、
宮崎県の都城を治めていました。

それが豊臣秀吉の九州征伐があり、
1595年に行われた太閤検地で、
都城から平佐にやってきます。

指定文化財・北郷家墓地の案内板がありました。

多方面で活躍した一族。

それから幕末まで平佐を治めます。
北郷家から島津藩の家老や、
重臣になった方もいました。

平佐北郷家は、
軍事・政治・文化の面で、
活躍した人材を多く輩出しました。

人材を輩出した北郷家のお墓の入口です。

北郷家の一族が眠ります。

北郷家の墓地には、
北郷家代々の領主とその妻子の、
墓が並びます。

領主とその妻子の墓が並びます。

領主の墓はもちろん、
妻子の墓も大きくて、
立派なものが沢山あります。

沢山の立派なお墓が並びます。

桜の広場から、
この墓地に足を踏み入れると、
この沢山の墓石に驚かれると思いますよ。

様々なお墓に圧倒されました。

 

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いたる所に家紋がありました。

まず目に入ったのが、
本郷家の家紋です。
あちこちの墓石についています。

よく見ると、真ん中にあるのが、
島津家の家紋・丸に十の字に、
良く似ています。

もともとは島津家の、
分家でしたからでしょうかね。

北郷家の家紋は島津家と似ていました。

初代領主は五輪塔です。

平佐北郷家の、
初代領主は北郷三久(みつひさ)です。

その墓は五輪塔になっています。
さらに祠の中に納めてあります。
屋根付きのお墓になっています。

初代領主の北郷三久のお墓です。

その他の領主のお墓も、
五輪塔であったり、
細かい飾りが入っています。

飾りが刻まれた立派なお墓です。

飼い猫のお墓まで。

中にはこんなお墓もありました。
玉之墓」、
おそらく飼い猫のお墓と思われます。

なんと飼い猫のお墓までありました。

本郷家の人々のやさしさや、
文化面で活躍したと云われる、
本郷家の精神的な余裕を感じました。

またこんな守り神もいました。
入口に向いていたので、
お墓を守っていたのでしょうね。

この守り神は墓地の入口を向いてました。

 

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北郷家に思いをはせました。

北郷家の墓地は、
中世の武家のものにしては、
立派なものでした。

飾りが彫りこんだ、
独特なお墓を見ると、
どんな一族だったのでしょうね。

北郷家の墓で北郷一族に思いをはせました。

都城から、
薩摩川内の平佐にやってきた、
北郷家の一族に思いをはせました。

 

なお北郷家が平佐麓地区に、
創建した竈門神社は、鬼滅の刃の、
聖地巡礼の地となりつつあります。

 

北郷家の墓地
鹿児島県薩摩川内市平佐町2088
駐車場 有ります。

 

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