垂水麓は藩主島津家の一門家の垂水島津氏が治めた武士の町

 

垂水麓の林之城跡に行ってきました。

垂水麓の林之城跡に行ってきました。

今日は大隅半島の垂水市に来ています。
ここは藩政時代には、
垂水麓(たるみずふもと)がありました。

薩摩藩が領内各地に置いた、
武士が住んでいた麓の一つです。

垂水の町を歩きながら、
垂水麓が偲ばれる場所を訪ねてきました。

 

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垂水麓の場所

垂水市は
大隅半島の入口に当たる場所です。

大隅フェリーが着く垂水港は、
鹿児島市からは45分の船旅です。

桜島フェリーで、
桜島に渡り(15分)桜島港から、
垂水市まで車で約30分でも行けますよ。
 

大隅半島へは垂水フェリーに乗ります。

大隅半島へは垂水フェリーに乗ります。

垂水麓は林之城を中心に広がる。

垂水麓は林之城を、
中心にして整然とした
区画の街並みが広がっていきました。

林之城は垂水島津家の居城でした。
垂水島津家は島津一門家で、
島津本家に次ぐ最高の家柄です。
 

垂水島津家の居城・林之城跡です。

垂水島津家の居城・林之城跡です。

垂水島津家は林之城に、
お仮屋と呼ばれる役所を置き、
明治維新まで250年間、麓を治めました。

林之城の跡地は、
現在は垂水小学校になっています。

長屋門が残っています。

垂水小学校の正門横にあるのは、
林之城の関連施設で長屋門です。

細長いので、
お長屋と呼ばれていました。
下級武士の詰め所だったそうです。
 

400年前に建築された長屋門です。

400年前に建築された長屋門です。

石垣や柱は当時のままで、
400年以上も前に建てられた、
歴史的に価値ある貴重な建築物です。

武家門が残る街並み

林之城の前にある
東西に伸びる馬場通りに面して、
主な家臣の武家屋敷がありました。
 

宮迫邸武家門には南国の植物がのぞく。

宮迫邸武家門には南国の植物がのぞく。

武家屋敷があった場所は、
そのまま市街地として発展したために、
屋敷は無くなり武家門が残っています。
 

武家門はあちこちに見られます。

武家門はあちこちに見られます。

武家門はあちこちに見受けられ、
垂水麓の町並みに溶け込み、
当時の様子を伝えてくれます。
 

武家門が垂水麓の町並に溶け込みます。

武家門が垂水麓の町並に溶け込みます。

武家門の両側には生垣を備えています。
また武士の位によって、
門の造りが変わっていました。

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垂水島津家の墓所があります。

馬場通りから少し山手にはいると、
垂水島津家の墓所があります。
歴代領主のお墓が並んでいます。
 

山手には垂水島津氏の墓所があります。

山手には垂水島津家の墓所がありました。

お墓の解説もありました。
初代から16代までの領主の氏名と、
功績とエピソードが記されます。
 

垂水島津家墓所の解説がありました。

垂水島津家墓所の解説がありました。

また垂水島津家の解説や、
お墓の特徴の説明もあり、よりお墓が、
興味深いものになりますよ。
 

垂水島津家の歴代領主の墓が並びます。

垂水島津家の歴代領主の墓が並びます。

また歴代領主のお墓は、
正室と並んだお墓も多かったです。
珍しくも微笑ましくもありますね。
 

垂水島津家領主と正室が仲よく眠ります。

垂水島津家領主と正室が仲よく眠ります。

垂水麓に行ってきました。

今日は垂水麓に行ってきました。
島津一門家の垂水島津家が、
治めた麓の町並を歩いてきました。

林之城跡に残る長屋門から、
垂水島津家の墓所を見ながら、
武士が生きた息吹を感じてきました。

領内に多数あった麓の中心が、
藩主島津氏の居城・鶴丸城です。
その鶴丸城に御楼門が再建されました。
鶴丸城の御楼門はこちらから
鹿児島市の鶴丸城の御楼門です。

鹿児島市の鶴丸城の御楼門です。

また垂水に渡った時に利用した、
垂水フェリーの南海うどんはお勧めです。
こちらで紹介しますね。
鴨池・垂水フェリーの南海うどんを食べるとちょっとした船旅。

 
垂水麓(林之城跡・現垂水小学校)
鹿児島県垂水市田神144

お問合せは垂水市立図書館へどうぞ
鹿児島県垂水市松原町38番地
電話 0994-32-7111
会館 9:30~18:00
休み 毎週月曜日(祝日の場合は翌日)
駐車 無料

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