鹿児島県阿久根市脇本地区にある脇本古墳群を見てきました。

 

阿久根市の脇本古墳群を見てきました。

阿久根市の脇本古墳群を見てきました。


 
阿久根市脇本地区は、
私の生まれた所で時々訪れます。

前から気になっていた、
脇本古墳群に行ってきました。

脇本は良港があり、
江戸時代前期以前から栄えましたが、
そのずっと前から住んでいたのですね。

 

スポンサーリンク

脇本古墳群の場所

脇本古墳群は、
長島へのバイパスである、
国道389号線沿いにあります。

国道389号線をはさんで、
三笠中学校の反対側にあります。
 

新田が丘古墳は国道389号線沿いです。

新田が丘古墳は国道389号線沿いです。


 
ここにあるのは、
脇本古墳群の中で、
新田が丘古墳と呼ばれる古墳群です。

大きな石があります。

新田が丘古墳群には、
緑の丘陵地に巨石があります。
 

新田が丘古墳の巨石群です。

新田が丘古墳の巨石群です。


 
この大きな石の下のあるのは、
横穴式石室というこの地に見られる、
古墳があるそうです。

阿久根市の文化財に指定

新田が丘古墳の1号墳には、
解説板が埋め込まれた石碑があります。

横穴式石室や地下式板石積み石室など、
南九州独自のものが確認されて、
考古学的にも貴重な古墳なんですね。

そんな貴重な古墳ですので、
阿久根市の文化財に指定されました。
 

新田ヶ丘古墳は阿久根市の指定文化財です

新田ヶ丘古墳は阿久根市の指定文化財です

すぐそばにある糸割渕古墳

新田が丘古墳から、
300m離れた場所にも古墳群があります。
それが県指定史跡の糸割渕古墳です。

脇本古墳群は、
新田が丘古墳と糸割渕古墳を
の二つの古墳群を合わせて呼ばれます。
 

新田ヶ丘古墳のそばにある糸割渕古墳です

新田ヶ丘古墳のそばにある糸割渕古墳です

脇本古墳群の解説板があります。

詳しそうな解説板によりますと、
脇本古墳群は6世紀後半に、
築かれた古墳とのことです。

横穴式石室からは、
土器や鉄剣などが多数出土しました。
 

脇本古墳群の詳しい解説板がありました。

脇本古墳群の詳しい解説板がありました。


 
この丘陵地には古代の人々が、
暮らしていたのですね。

改めて気になっていた、
脇本古墳群に行き古代の人々に、
思いをはせてきました。

 

スポンサーリンク

中馬大蔵の墓がすぐそばにあります。

脇本古墳群のすぐそばには、
中馬大蔵の墓があります。
中馬大蔵はこの地区の取締役の人物です。

戦国武将の島津義弘
関ヶ原の戦場から敵中突破して、
輿に乗せて薩摩まで連れ帰りました。

中馬大蔵の墓はこちらからどうぞ。
 
中馬大蔵という島津義弘に信頼された薩摩のボッケモンの墓に参拝
 

島津義弘を連れ帰った中馬大蔵のお墓です。

島津義弘を連れ帰った中馬大蔵のお墓です。

寺島宗則の生家もあります。

脇本地区の海側には、
寺島宗則の生家があります。

島津斉彬の医師として活躍します。
薩摩藩英国留学生を引率したり、
明治政府では外務卿として活躍します。
 

寺島宗則の生家は、
リニューアルされて地元の寺島会の方々が、
おもてなしをしてくれますよ。
 
寺島宗則記念館で寺島会の紙芝居で寺島宗則の事を楽しく学んだ。
 
リニューアルされた寺島宗則の生家です。

リニューアルされた寺島宗則の生家です。

脇本古墳群を見てきました。

今日は阿久根市脇本地区にある、
脇本古墳群を見てきました。

海に近い脇本地区は、
江戸時代以前から栄えていましたが、
昔から人々が暮らしていたのですね。
 
脇本古墳群
鹿児島県阿久根市脇本7714
 

鹿児島市内の観光情報はこちら

当ブログでは鹿児島県内の地方情報について紹介しています。
鹿児島市内の情報については、
鹿児島まち歩き街案内をご覧ください。

 

タイトルとURLをコピーしました