鹿児島県出水市にある、
木牟礼(きのむれ)城の跡を見てきました。
木牟礼城は、
薩摩藩主・島津家の発祥の城です。
木牟礼城でフィールドワークです
鹿児島県の北部にあるのが出水市。
ここには、史跡が多く、
歴史的にも興味ある場所なのです。
それらを見て廻ろうと、
やってきたのは、
鹿児島検定グランドマスターのメンバーです。
今日は、
歴史的な場所や史跡を、
実際に見て勉強をしようという、
フィールドワークで訪れました。
木牟礼城は小さな丘だった。
出水市にある史跡を見てきましたが、
最後にやってきたのが、
木牟礼城(きのむれじょう)跡です。
来てみると、
田畑が広がる田園風景にポツンと、
盛り上がった小さな丘が一つ。
ええ、これが城跡なのか。
現在は、小山が城の一角として、
残っているそうです。
島津家発祥の城になりました。
文治2年(1186)島津忠久は、
薩摩・大隅・日向の、
地頭(じとう)職に任じられます。
すると、部下の本田貞親を、
この地に派遣して、
三国の様子をさぐらせます。
本田貞親は、
周辺の豪族を平定して、
ここ木牟礼に城を築きます。
島津支配の基礎を作りました。
木牟礼城に、
薩摩守護所を置き、
島津の家臣が常駐していました。
ここが守護勢力の拠点になり、
五代目の島津貞久まで続きました。
こうして島津支配の基礎を作ったのです。
本田貞親は、居住地にした、
竹林城を木牟礼城内に作りました。
やっぱり木牟礼城は、
山城とはいえ、城内に別の城が、
作れる程の大きさだったのですね。
木牟礼城址の石碑があります。
グランドマスターのメンバーらと、
城跡の真ん中に立ちました。
意外と見晴らしが良かったです。
木牟礼城址の石碑がたってます。
侯爵島津忠重の書とかかれています。
島津侯爵家30代の当主ですね。
島津家の始祖が築いた城ですので、
侯爵(こうしゃく)になった当主が、
700年近く後なって、かかれたのでしょうね
当時は海が迫っていました。
木牟礼城から見ると、
田畑が広がる田園地帯です。
しかし築城当時は、背後に海がありました。
その後に薩摩藩が行った、
大規模な干拓事業で畑をつくり、
海岸線は遠く向こうになっています。
干拓地は、今では、
越冬するツルたちの飛来地になり、
時期になると多くの観光客で賑わいます。
島津の歴史に思いをはせました。
木牟礼城の跡地は、
今は、何も変哲のない小さな丘ですが、
紛れもなく薩摩島津家の発祥の地です。
史上最強の大名と呼ばれ、
日本の歴史に深く関わった島津家。
ここから島津家の闘いが、
始まったかと思うと、この丘に、
歴史のロマンを感じました。
島津家歴代藩主の墓があります。
木牟礼城(きのむれじょう)跡
鹿児島県出水市木牟礼
駐車場 有りません
肥薩おれんじ鉄道「野田郷駅」車で5分
国道3号線の屋地交差点より、
阿久根方面へ220m行って右側に入る。
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鹿児島まち歩き 街案内で紹介しています。