鹿児島県霧島市の横川城の登城路を登ると土塁に囲まれた主郭に出ました。

 

霧島市の山城・横川城の主郭跡です。

霧島市の山城・横川城の主郭跡です。


 
鹿児島の歩き方では、最近、
鹿児島県内の山城巡りをしています。

今日の城攻めは、
霧島市横川町にある横川城です。
登城口からすぐに主郭に着きますよ。
 

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鹿児島県霧島市の横川城の登城路を登ると土塁に囲まれた主郭に出ました。

在住の鹿児島市からは、
九州自動車道がベストですね。
横川ICで降りるとすぐですよ。

横川ICから県道55号線を右折すると、
少し行った横川向江町交差点を、
左折すると横川中学校にでます。

横川中学校を過ぎると、
左手に城跡入口の標識があり、
標識の脇に駐車スペースもありました。
 

横川中学校の先に横川城跡入口があります。

横川中学校の先に横川城跡入口があります。

整備された階段の登山道を登ります。

横山城は標高は246mですが、
城跡入口からは階段になっていて、
ゆっくりと歩いても5分程で到着です。

整備された遊歩道になっていて、
とても登りやすいですよ。

登城路は左右に曲げられて、
少しずつ登るようになっています。
 

横川城の登城路には石段が整備されています。

横川城の登城路には石段が整備されています。

登城路には仕掛けがある

登城路が曲げられたわけは、
侵入した敵を上から、
狙い撃ちするためですね。

登城路の上には曲輪(くるわ)があり、
ここに兵士が待ち構えて、
矢を射るのでしょうね。

左右に曲げられた登城路を、
登ってくる間にやられてしまうとわけです。
 

侵入者は上の曲輪から狙われます。

侵入者は上の曲輪から狙われます。

二つの曲輪の間に出ました。

登りきった所には堀切があり、
左右の曲輪へ通じています。

左側の曲輪が、上から、
登城路を狙っていた場所です。

右側の曲輪は左側よりも高いです。
ここが横山城の主郭になっています。
主郭には石段を登っていきます。
 

堀切から主郭に登る石段がありました。

堀切から主郭に登る石段がありました。

横山城の主郭に到着しました。

階段を登ると主郭に到着しました。
坂道からいっぺんに平地が広がります。
 

登城路を登ると横川城の主郭跡に出ました。

登城路を登ると横川城の主郭跡に出ました。


 
主郭の回りが高くなっています。
これは土塁(どるい)の跡ですね。
小高い丘かと思うほどの土塁です。
 
横川城の土塁は高くて立派でした。

横川城の土塁は高くて立派でした。


 

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横山城の歴史が記されています。

主郭の奥には東屋が見えます。
その横に横山城の説明板があります。
そこに横山城の歴史が記されます。
 

横川城主郭跡には東屋が作られています。

横川城主郭跡には東屋が作られています。


 
それによりますと、
永久年間(1219年~1222年)に、
横川時信によって築城されました。

その後に、北原伊勢介、島津氏、
菱刈氏と様々な城主が入れ替わります。

その度にこの横川城では、
城主が変わるたびに、
戦いが繰り返されてきたのでしょうね。
 

解説板には横川城の歴史が記されています。

解説板には横川城の歴史が記されています。

土塁の上に横川城址碑がありました。

丘のような土塁の上には、
横川城の城址碑がありました。

近くに寄りましたが、
文字が判別できませんでした。
 

土塁の上には横川城の城址碑が建っていました。

土塁の上には横川城の城址碑が建っていました。


 
城址碑の場所から主郭を見ると、
つわものどもが夢の跡じゃないけど、
そこには静かに風が吹いていました。
 
横川城址碑で戦国時代に思いを馳せました。

横川城址碑で戦国時代に思いを馳せました。

横川城に行ってきました。

霧島市の横川にある、
横川城跡に行ってきました。

駐車場から登城路を登ると、
直ぐに主郭にたどり着けましたが、
土塁跡もはっきり残る山城跡でした。
 
横川城(別名長尾城)
鹿児島県霧島市横川町中之城山
駐車場 有り
九州自動車道、横川ICから県道55号線の、
横川向江町交差点左折、横川中学校の400m先
 

 

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