【鹿児島の日本遺産】加世田麓の武家屋敷群を散策しました。

鹿児島の歩き方です。
今日は薩摩半島の中程にある、
南さつま市の加世田麓に来ています。

加世田麓(かせだふもと)は、
藩政時代に武家屋敷があった場所です。
今でも武家門の町並みが残っています。

そんな加世田麓の周辺を、
歴史散策をしてきましたので、
ゆっくりと紹介したいと思います。

 

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【鹿児島の日本遺産】加世田麓の武家屋敷群を散策。

加世田麓とは、
薩摩藩が行った外城制度で、
作られた薩摩武士が住んだ町です。

外城(とじょう)制度とは、
薩摩藩領内に110程の麓を置き、
武士に住まわせ地方を管理しました。

薩摩藩独特の外城制度は、
人は城なり」の考えで、
外敵の攻撃に備えていたのです。
 

加世田麓は重要伝統的建造物保存地区です。

加世田麓は重要伝統的建造物保存地区です。

日本遺産に認定されました。

そんな鹿児島県内の麓の内の、
鹿児島城を含む12の麓が、
令和元年に日本遺産に認定されました。

日本遺産とは文化庁が、
日本各地に残る歴史や文化を、
認定して地域活性化を図ります。

薩摩の武士が生きた町~
武家屋敷群「麓」を歩く~
が、
鹿児島の日本遺産のタイトルです。

加世田麓も含まれますので、
私も武士が生きた麓を、
歩いてみたいと思ったのです。
 

加世田麓の上空からの町並です。

加世田麓の上空からの町並です。

水路沿いの街並み

加世田麓の特徴は、
水路沿いに続く武家屋敷群です。
水路には石垣があり屋敷を囲みます。

石垣の上には、
イヌマキの生垣が続き、
当時のままの景観を残しています。

この水路沿いの道を歩くと、
麓で暮らす薩摩武士が、
現れてきそうな気がします。
 

加世田麓は水路沿いの町並みです。

加世田麓は水路沿いの町並みです。

武家門が多数ありました。

また水路には石橋がかかり、
石橋を渡るとすぐにあるのが、
屋敷を守る立派な武家門です。

武家門は多数が残っていて、
水路と石垣と生垣と合わせて、
加世田麓の美しい景観を作っています。
 

武家門は加世田麓の景観に溶け込みます。

武家門は加世田麓の景観に溶け込みます。

武家門の中には、
石橋をわたりくぐれる門があり、
武家門を近くで見る事ができますよ。

 

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かせだ麓ふれあい館

水路沿いに進んでいくと、
かせだ麓ふれあい館があります。
かせだいにしえガイドの看板もあります。

ふれあい館には、
加世田麓の情報が頂けます。
また麓に関するグッズもあります。

かせだふれあい館は、
加世田麓のビジターセンターです。
麓を歩く前に訪ねてもいいかもね。
 

加世田麓ふれあい館はビジターセンター。

加世田麓ふれあい館はビジターセンター。

民家に庭に仁王像がありました。

武家門の前に案内がありました。
それには庭に仁王像があります。
日新寺の門にあった仁王像とのこと。

日新寺とは竹田神社の場所に、
以前あったお寺ですよ。
麓を納めた島津忠良公の菩提寺です。

島津忠良公は戦国時代の武将です。
麓が置かれる以前の仁王像が、
武家屋敷の庭に残っていましたよ。
 

庭にあったのは日新寺の門にあった仁王像。

庭にあったのは日新寺の門にあった仁王像。

別府城跡(加世田城)もあります。

加世田麓には城もありました。
別府城(別名は加世田城)の入口です。

別府氏が長年治めましたが、
島津忠良が1420年に攻めた後に、
島津忠良が城主となりました。

別府城の遺構はありませんが、
大手門に続くこの坂道が、
別府城の跡として残っています。
 

加世田麓にある別府城跡です。

加世田麓にある別府城跡です。

加世田麓を散策してきました。

日本遺産に認定された、
加世田麓の町並を散策してきました。
水路と武家門のある景色を楽しみました。

いにしえの麓を感じに、
加世田麓に寄ってみませんか。

私はこの後は、
島津忠良公を御祭神とする、
竹田神社で御朱印を頂きに行ってきます。
 

竹田神社はこちらからどうぞ。

 
加世田麓武家屋敷群
鹿児島県南さつま市加世田麓
電話 0993-52-7829(加世田いにしガイド)
駐車場 竹田神社前にあります。
JR鹿児島中央駅から車で約50分
 

 

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鹿児島市内の情報については、
鹿児島まち歩きをご覧ください。

 

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