鹿児島県さつま町に来ています。
ここには宮之城島津家の、
菩提寺の宗功寺の墓所があります。
宗功寺のお寺はありませんが、
歴代領主のお墓が残っています。
それは巨大な家形の、
お墓で35基もあります。
それらは当時の様子を忍ばせますよ。
宗功寺公園(かぐや姫の里)にあります。
宗功寺公園は虎居交差点から、
国道204号線を西進すると見えてきます。
周りはかぐや姫の里と云う公園にあります。
公園は整備され、
その一角の高台になった場所が、
宗功寺墓所になっています。
大木が茂る道と、
階段を登っていくと、
広い広場にでます。
宗功寺墓所です。
宗功寺墓所に着きました。
宗功寺は明治初年の、
廃仏毀釈で無くなりました。
今ではその墓だけが、
残っていますが。
35基もあるのは珍しいのです。
墓の入口に鳥居の跡が見えます。
これは当時に人々がここは神社だと
偽って墓を守っていた証拠です。
さすがにお寺の建物は、
廃仏毀釈の嵐から逃れませんでしたが、
このお墓は見逃してくれたのでしょうね。
美術品の様な墓石。
幸いに守られた墓石は、
祠堂(しどう)様式と呼ばれ、
中国の影響を受けたものである。
石の屋根があり、
墓石の中央にある丸い穴には、
石の位牌が納められています。
周りには彫刻が施され、
故人の愛した品が描かれています。
まるで美術品のような墓石です。
武家の奥様は大事にされた。
墓石を見て感じたのは、
歴代当主とその奥方が
並び建てられますが、その大きさです。
ほとんど同じ大きさなのです。
これって大事にされていたってこと。
宮之城島津家では、
武家の奥方は大事にされていたでしょう。
鹿児島では武の国で
男尊女卑があたりまえですが、
ここではそうでもなかったのです。
不思議な祖先世功碑
お墓の中央に建てられた、
亀の背中に乗った文字の板です。
これは祖先世功碑と呼ばれるもの。
5代目の島津久竹が建立したもので、
島津家の起こりと、宮之城島津家の、
祖先の事柄が刻んであります。
そしてこの文字を読み解けば、
それを背負った亀が、なんと
動き出すというじゃありませんか。
文字は漢文で書かれていますが、
くっきりと読めますので、
あなたも挑戦してみませんか。
5代の島津竹久は、
なんとも、おちゃめな人ですね。
宮之城島津家の墓に行ってきました。
今日は鹿児島県さつま町にある、
宗功寺墓地(宮之城島津家墓地)
に行ってきました。
その独特なお墓が、
35基も並んでいる姿の圧倒されました。
あなたも鹿児島県さつま町に行ったら、
宮之城島津家墓地で、
昔の歴史に触れてみてはいかがでしょう。
宮之城島津家墓地
(宗功寺跡) 鹿児島県薩摩郡さつま町虎居 5254
駐車場 有り
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