大隅のまちには、
歴史的な史跡がいくつかあります。
特に西郷どん(西郷隆盛)の、
ゆかりの地があります。
それは狩猟好きな西郷どんが、
大隅の山野を駆け巡っていたからです。
狩猟の際に宿泊していた家があるのです。
西郷南洲翁宿所跡を鹿児島県肝付郡の南大隅町に訪ねました。
そんな西郷どん(西郷隆盛)の、
宿泊していた家を訪ねてきました。
その家は南大隅町にあります。
町の指定文化財で、
「西郷南洲翁宿所跡」と呼ばれます。
町役場からは、
歩いて10分ほどの海岸沿いにありました。
宿泊先は他にもあります。
狩猟好きな西郷どんは、
大隅の各地に宿泊していますが、
他には高須のまちにもあります。
高須のまちは、
鹿屋市にありますが、
宿泊していた家は残っていません。
西郷ゆかりの地の案内板と、
当時使っていた備品が、
近くの南洲庵にあります。
家の本屋は当時のままです。
その家に行くと、
「西郷南洲翁宿所」の、
看板がありました。
現在の家は、
後の改造で、屋根が瓦になり、
ガラス窓に変わりました。
しかし本屋は、西郷どんが、
泊まっていた当時のままなんです。
当時のままの家に感動しました。
庭には西郷どん使用のものが。
家の庭には、
西郷どんが使っていた、
手水鉢や石風呂があります。
また西郷南洲翁の、
宿所を示す石碑もありました。
それにしても、この石風呂は、
大きな身体の西郷どんには、
ちょっと小さいような気がします。
石風呂に浸かるというよりは、
風呂の外で身体の汗を、
流していたのでしょうかね。
西郷どんは人家を好んだ。
西郷どんはここ根占には、
3回宿泊したそうですが、
いつもここにお邪魔していました。
平瀬家というお宅ですが、
西郷どんは、旅館より、
人家に泊まる事を好んだそうです。
そういえば、
鹿児島県の各地に訪れていますが、
人家に泊まった話を良く聞きます。
西郷どんと同じ空気に感動。
家の中も拝見出来ました。
西郷どんが当時使っていた品々が、
展示されていました。
決して広い家ではありませんが、
何となく落ち着ける、
当時のままの家です。
あの西郷どんが泊まった家で、
西郷どんと同じ空気を、
吸っているいような気がして、
本当に感動してしまいました。
暴発の跡が残っています。
この西郷南洲翁宿所には、
西郷さんの生々しい傷跡として、
猟銃が暴発した跡が残っています。
それは西郷さん猟銃の弾が、
暴発して天井の板を貫通した跡です。
「弾痕」と書いた紙があります。
この穴も西郷さんか、
と思いながら見ていると、
またまた感動してしまいました。
猟銃の扱いには、
気を付けていたでしょうが、
ビックリした事でしょうね。
西南の役の直前に宿泊。
やがて始まる西南の役の、
きっかけになる私学校の生徒達が、
起こした事件があります。
西郷さんは、その報を、
この家に滞在中に聞いて、
「ちょ、しもた」と言ったそうです。
その後、錦江湾を、
「翔ぶがごとく」の早船で、
鹿児島へ帰ったそうです。
西南の役前の最後の宿泊地。
事件の報を聞いたのは、
先ほど鹿屋市の高須の地で、
あったと言う説もあります。
南大隅町と高須のまちに、
よく滞在していたとの事は、
間違いありません。
でも高須のまちには、
迎えに来た早船の漕ぎ手の、
詳しい話が残っています。
つまり、南大隅で報を聞き、
高須の田中邸に立寄り、
高須から鹿児島にむかったと、
私は思っているのです。
西郷南洲翁宿所跡の見学。
そんな激動の歴史を感じる、
西郷南洲翁宿所跡を見てきました。
今回は管理人の方がいましたが、
普段は西郷南洲翁宿所跡の、
家には鍵がかかっています。
見学希望の方は、
南大隅町に事前に連絡する、
必要がありますよ。
西郷南洲翁宿所跡
鹿児島県肝属郡南大隅町根占川北38番地
見学 通年・無料
問合せ 0994-24-3164(南大隅町)
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